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zoom RSS イブと欲望と、平和

<<   作成日時 : 2014/12/24 14:35   >>

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最近、気にかかることがある。

東日本大震災の報道の中で
遺体にモザイクをかける必要があったのだろうか。
と、もやもやする。
直視しなければならなかった現実、ではなかったかと思う。

もちろん、いろいろと問題があるから
日本のテレビ報道に規制があることはわかっているけれど

あの時、津波の被害にあった地域の
大人はもちろん、たくさんの子どもたちが
テレビから流れる映像に茫然とするばかりだった私たちの
想像しえないほどの残酷な光景を
数日に渡って見続ければならなかったはずだ。

先月、気仙沼の街や南三陸を車で走って
各所で、たくさんの3.11の記録を見てまわった。
被災者ではない私たちが、あの時を語り継ぐ上で
絶対的に足りなかった情報は、“嗅覚”だと思った。

きっと、土砂崩れや噴火、火事や竜巻
どの災害現場にも、その特有の匂いに
被災者は悩まされるのだろうと思う。
そして、それはきっと
視覚の記憶とともに、一生ついて回るのではないのかな
と、想像する。

あの津波を経験したたくさんの子どもたちが
記憶に心が囚われていないか
そんな心配をする年月がたった。

今も仮設住宅に住み続ければならないたくさんの人たちや
福島の、自宅に帰ることもできない避難者の
かつての日常や、平穏は
2020年のオリンピックとともにやってくるのだろうか。

あの時のモザイクは
たいして被害を受けなかった私たちの
あの日、この国で起きたことの記憶を遮断してはいないだろうか。


戦争や被爆を経験した世代は
むやみやたらに死んでいった人たちを、その無惨な遺体を
大人も子供も、みんなが目の当たりにしていて
絶対に、無意味な戦争を繰り返してはいけないということを
視覚から、聴覚から、嗅覚から
身体に染みつくほどに、信念として持ち続けているのだろうと思う。


来年は戦後70年。
信念を持った世代が、いなくなっていく。
いずれは
東日本大震災後70年。という3月11日も来るんだな。
なんとなく、そんなことを考えてみる。



先日、『鼬』という舞台を観た。

主演は鈴木京香さん、演出は長塚圭史さん
東北の寒村の落ちぶれた旧家が舞台で
『人間の欲と業を赤裸々に骨太に描いた昭和初期の名作』
と、謳われていた。

京香さんの果てしない艶やかさや(腰が抜けそうなぐらいかっこよかった)
出演者全員の(まさしく役者揃い)
聞き取りにくいほどの東北弁が
惚れ惚れするほど心地よかった。

80年前に作られた作品だったけれど
完全な現代劇のような気もした。
結局、戦前も戦中も戦後も
人間の「欲望」という持ち物は、変わらないんだなぁ。と、思った。


災害や戦争の
痛みを分かち合うという欲望を
私たちは、もう少し持った方いいのかもしれないな。
そんな風に思う。


今日はクリスマス・イブ
いやもう、ありとあらゆる欲望渦巻いて
無宗教って、楽しみが多いな。と、思う。
夫の誕生日でもあるけれど
世界中のあちこちで
合わせて祝っていただけると思いなさい。
と言い切れる日なので、放っておく。

私は、現代に生きる女子として
今日の夜は居酒屋女子会。
これまた別の、欲望渦巻く夜になる。

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