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尊敬の時間。

2015/02/23 16:08
初めて平野美宇ちゃんをテレビで見たとき
彼女はまだ小さな女の子で
福原愛ちゃんが辿った同様の注目を浴び始めていて
とんでもなくかわいらしくて
そして何よりも
「ニシコリくんに似てるなぁ」という第一印象だった。

だから、“美宇ちゃん”というよりも
“ニシコリくんに似た卓球の女の子”として記憶に残った。


数年前、たまたま眺めていたマラソン大会の
優勝インタビューを受けている女の子の姿を見たとき
「ニシコリくんに似てる。」と思った。
彼女はその優勝を機に、オリンピックに出場した重友梨佐さんだ。
その後、多々テレビで彼女を見てきたけれど
やっぱりいつでも、ニシコリくんに似てると思ってしまう。


錦織圭という名前を知ったのはいつだったろうか。
彼がまだ少年で、アメリカに渡ってテニスアカデミーで頑張っているというような
そんな小さなニュースの片隅だったかもしれない。
どこをどうみても、かわいい。そして、たよりない。
そんな少年だった。
世界ランキングに名前が載るようになって
気付けば、松岡修造さんの記憶に残るランキングに近づいていて
でも、絶対ケガをする。
選手生命にかかわるような、大きなケガを。
そう思っていたし、テニスとは、そういうスポーツだとも思っていた。

実際、錦織くんはケガをした。
あのかわいい少年が、あどけなさが残る青年になって
痛みに苦しむ姿を目にするたび
日本人としての限界、そんなことを思った。

錦織くんのコーチである、マイケル・チャンが4大大会で初優勝したとき
私は対戦相手のエドバーグのファンだったから
すごく悲しかったけれど
でも、初めて見たアジア系のテニス選手の優勝に
驚きはあったけれど
‘マイケル’だしね。と思っていた。
その、変な思い込みがどこから来たのかはわからないけれど
少なくとも、日本人が、なおかつ男子が
4大大会を騒がせるようなことになるということを
想像するも何も、思いつきもしなかった。


それが、どうだ。
いやはや、どうなった。
とんでもないことになりすぎて
もうわけがわからない。というのが本音だ。

そして何より、驚きが止まないのは
テニスの試合を、まっぴるまにNHKが生中継することや
試合経過が、テレビにライブで字幕表示されたこと
それを、錦織くん一人が成し遂げてしまった。

そして、それまでの流れの中に
伊達公子さんの存在があること
松岡修造さんの、テニス愛。その奥行きと幅の広さ。
もうひとつおまけに、ユニクロの企業戦略。
そういう大事なことが、積み重なっている。

テニス好きとしては、うれしい限りなのだけれど
でも、やっぱり、末恐ろしい。
世界ランキングを
上げることと、維持すること、そのどちらが難しいのだろうか。

それはテニスに限ったことではなく
すべてのスポーツに、勝ち続けることの過酷さがある。
それこそ、想像を軽々と超える苦労があって
その競技ならではの体力的なものもあるだろうし
道具を作る職人さんたちや、カラダを整えるトレーナーさんたちには
選手だけではどうにもできないことを、ともにする苦労があるだろうし
けれど、結局は、それぞれの自己実現に完結されるのかもしれない。
やっぱり、末恐ろしい世界だ。


美宇ちゃんは、確実に大人になって
国を代表になるような卓球選手になった。
重友さんは、きっと、今日も走っている。
錦織くんには、どうかケガをしませんようにと祈るばかりだ。
みんな、顔が似ている。
私は、これからもそう思っている。

フローラル系の柔軟剤のような雰囲気を放つのに
試合中は、強力漂白剤のような視線を放つ。
3人はそこがとても似ている。
そして、みんなかっこいい。


昨年末、“エアケイ”をかっこよく決めようとして、失敗して
足指のマメをつぶした傷跡が、いまだにちょっと痛い。
週1回のテニス歴4年って、こんなものである。
いたって情けない。
9,980円のウイルソンのラケットを
(メーカーだけは、錦織くんとお揃いにしたかった)
振り回して汗を流す時間が
テニスだけではなく、たくさんのスポーツ競技の、たくさんの競技者を
尊敬する時間にもなっているかもしれない。


走ることはできるけれど
走り続けることは
本当に難しいことだなと思う。




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イブと欲望と、平和

2014/12/24 14:35
最近、気にかかることがある。

東日本大震災の報道の中で
遺体にモザイクをかける必要があったのだろうか。
と、もやもやする。
直視しなければならなかった現実、ではなかったかと思う。

もちろん、いろいろと問題があるから
日本のテレビ報道に規制があることはわかっているけれど

あの時、津波の被害にあった地域の
大人はもちろん、たくさんの子どもたちが
テレビから流れる映像に茫然とするばかりだった私たちの
想像しえないほどの残酷な光景を
数日に渡って見続ければならなかったはずだ。

先月、気仙沼の街や南三陸を車で走って
各所で、たくさんの3.11の記録を見てまわった。
被災者ではない私たちが、あの時を語り継ぐ上で
絶対的に足りなかった情報は、“嗅覚”だと思った。

きっと、土砂崩れや噴火、火事や竜巻
どの災害現場にも、その特有の匂いに
被災者は悩まされるのだろうと思う。
そして、それはきっと
視覚の記憶とともに、一生ついて回るのではないのかな
と、想像する。

あの津波を経験したたくさんの子どもたちが
記憶に心が囚われていないか
そんな心配をする年月がたった。

今も仮設住宅に住み続ければならないたくさんの人たちや
福島の、自宅に帰ることもできない避難者の
かつての日常や、平穏は
2020年のオリンピックとともにやってくるのだろうか。

あの時のモザイクは
たいして被害を受けなかった私たちの
あの日、この国で起きたことの記憶を遮断してはいないだろうか。


戦争や被爆を経験した世代は
むやみやたらに死んでいった人たちを、その無惨な遺体を
大人も子供も、みんなが目の当たりにしていて
絶対に、無意味な戦争を繰り返してはいけないということを
視覚から、聴覚から、嗅覚から
身体に染みつくほどに、信念として持ち続けているのだろうと思う。


来年は戦後70年。
信念を持った世代が、いなくなっていく。
いずれは
東日本大震災後70年。という3月11日も来るんだな。
なんとなく、そんなことを考えてみる。



先日、『鼬』という舞台を観た。

主演は鈴木京香さん、演出は長塚圭史さん
東北の寒村の落ちぶれた旧家が舞台で
『人間の欲と業を赤裸々に骨太に描いた昭和初期の名作』
と、謳われていた。

京香さんの果てしない艶やかさや(腰が抜けそうなぐらいかっこよかった)
出演者全員の(まさしく役者揃い)
聞き取りにくいほどの東北弁が
惚れ惚れするほど心地よかった。

80年前に作られた作品だったけれど
完全な現代劇のような気もした。
結局、戦前も戦中も戦後も
人間の「欲望」という持ち物は、変わらないんだなぁ。と、思った。


災害や戦争の
痛みを分かち合うという欲望を
私たちは、もう少し持った方いいのかもしれないな。
そんな風に思う。


今日はクリスマス・イブ
いやもう、ありとあらゆる欲望渦巻いて
無宗教って、楽しみが多いな。と、思う。
夫の誕生日でもあるけれど
世界中のあちこちで
合わせて祝っていただけると思いなさい。
と言い切れる日なので、放っておく。

私は、現代に生きる女子として
今日の夜は居酒屋女子会。
これまた別の、欲望渦巻く夜になる。

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39歳。

2014/11/09 16:55
近頃
なんだかちょっと、打ちのめされている。

今朝の新聞で、徳大寺有恒さんの訃報記事を見た。
昨日の新聞で、大内順子さんの訃報を知ったばかりだというのに。


久々の更新記事がまたもや暗くて申し訳ない。


この前、赤瀬川原平さんが亡くなって
久々に『新解さんの謎』を読みかえして
いまだかつてないくらい、おなかを抱えて笑った。
昨年、世間が‘あまロス’と賑わっていたころ
私も完全な‘あまロス’だった。
天野祐吉さんが大好きだったから。


大きな事件や事故、政治や経済の混乱を伝えるニュースを見るたび
「助けて、筑紫さん。」と、今でも思う。
筑紫哲也さんは、他からの反論や批判もあった人だけれど
私の絶対的指針のような存在だった。
彼の追悼番組の中でだったと思うけれど
その中で、立花隆さんが
「(彼は)筋金入りのリベラリスト」だと表現したとき
私が指針としていたことは
決して間違ってはいなかったのだと思えた。

正直なところ
めまぐるしい、いや、目が回っちゃうような
何やら難しいニュースを、筑紫さんが伝えたり、コメントしているのを
ただ眺めていただけのことだ。
おおよその場合
うんうん。そうですね。そういう視点もありますね風でも
ロマンスグレーがステキ。とか、思っていた。

でも、指針を失ってみると、全く方向がわからなくなった。
阪神淡路の震災にまつわることを、あれだけ筑紫さんは伝えてくれたのに
東日本大震災が起こってみれば、ただ茫然とするばかりで
筑紫さん、どう捉えたらいいんでしょう。と
テレビの前で涙なんか流したり、今も、たまにする。

ただ、税金を納める者として
知っておくべきことを、知ろうとする姿勢を持ち続けること。
きちんと目を向けていくこと。
“このくにのゆくえ”を、とらまえること。
この方向性だけは、指針なくともブレずにある。


そうなのだ
基本あるいは根本、根幹、中枢、師
私にとって、そういった立場にあった人たちが
ここ数年で、次々と死んでいくのだ。
かっこよくて、面白くて、オシャレで、粋で
そういうオトナたちが。

昨日今日で、それを思い知らされた。
徳大寺さんは、くるま
大内さんは、ファッション
それぞれのメーカーやブランドの名前や歴史よりも先に
その個人名が、私にはその文化としてあった。


そういや、わたし、来年40だ。
ふと、そう思う。
ま、あたりまえっちゃ、あたりまえのことなんだな、と思う。
こんなに打ちのめされているのは
私がオトナになっていないんだな。と思う。
そのうえ、無職なのだ。
いや、専業主婦って言っちゃおうかな。

やっと、踏ん切りと見切りがついて、依願退職しました。
有休がフルで残っていたので、在籍消化中です。

さて、またふんばって、働き口を見つけねば。
派遣・契約・パート、雇用形態すらから出直し作業で。

大志を抱けるような年齢ではないけれど
好奇心は旺盛だと思う。
オトナだからこそ、それを失ってはいけないと
憧れのオトナたちは、死ぬまで説いてくれていた気がする。



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夏のおわりに

2014/08/31 13:42
ロビン・ウィリアムズの命日が、誕生日になった。

順番が違うといえば違うけれど
再来年から、「山の日」となるその日は
祝日であり、
原爆投下から、敗戦になるまでの間であり
私の誕生日であり
でも、やっぱり、その日は
ロビン・ウィリアムズの死んだ日
私のカレンダーには、そう刻まれてしまったように思う。


夏がおわるなぁ
と、今朝からずっとぼんやり思っている。


今夏は
職場で、毎年げんなりさせられるポケモン以上に
『妖怪ウオッチ』に殺到する底知れぬ怖さを見せつけられ

カマキリのこどもに、親切を心掛けて接したつもりが
指を咬まれて
家の中に迷い込んだチビなコウモリに
これまた多大なる親切心で話しかけたのに
完全無視をきめこまれ
年甲斐もなく逆ギレして

この夏こそ克服したいと思っていた
テニスのバックハンドボレーの苦手意識が
いまだにどうにも抜けず、相変わらずへたっぴで
仲間にちょっとバカにされ

わがヤクルトスワローズは最下位を独走し続け

大きな災害も、小さな災害も
ニュースでたくさん見聞きして

軟式の高校野球の延長46回決着つかずなんて
それはピッチャーへの虐待ではないだろうか
とか


今、けたたましいほどにセミが叫んでいる。

セミは一週間しか地上で生きることができない
はかない命だと、人間は憐れんだりするけれど
それは、羽根をつけて地上で生きることの方が幸せだと
勝手に人間が思い込んでるだけで
案外、セミにとっては、地上での生活を望んではいなくて
土の中で生きる何百日が、穏やかで、幸せで
できれば土の中で、一生を終えたいと思っていたのなら
このラスト一週間は、拷問だな。
そう考えてみても
この鳴き声はやっぱりせつない気がする。
とか

今日、8月31日に思っている。


昨日、ロビン・ウィリアムズが恋しくて
ダントツ真っ先に思いつく
『いまを生きる』を観た。
抱きしめたくなるせつなさは、何度観ても変わらない。

戸田奈津子さんは、彼の死に
“痛々しいほどのサービス精神にあふれた人”と、コメントをしていた。
アルコール中毒で、うつ病で、パーキンソン病にもなっていた
コメディアン。でも、教師で、医者で、教授で、大統領で、ジーニーで
でも、永遠に
“Oh Captain, My captain”


さよなら、夏。
がんばれ、セミたち。


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写真家ふたり

2014/06/25 15:07
かつてよく通った、写真集ばかりを扱う洋書屋で
その日たまたま、WEEGEEという写真家に、目が釘付けになった。

立ち読みをしていたら、女性店主が声をかけてきて
その写真家が
自分の車に警察無線と暗室を備えていて
誰よりも早く事件現場に辿りつき、報道写真を超える作品を残したのだ
というようなことを、教えてくれた。

買って帰って、家でじっくり眺めてみても
血なまぐさい写真だと思った。
けれど、写真集には、
M・モンローやL・アームストロングのおちゃめな瞬間も切り取ってあって
ハーレムの貧しさとか、富裕層のド派手な瞬間も
そこに同居していた。

キャパや、ユージン・スミスが写真をもって教えてくれた
戦争の悲惨さや、人間の残酷さ
ブレッソンやマイダンスの、圧倒的美しさ
それらとは、全く違う写真であるような
見返すたびに、なんとなく
ただ、なんとなく、不思議な気持ちになる。

芸術なのか、報道なのか
なんだかよくわからないけれど
「写真」がすきだなと思う。美術作品としても、すきだなと思っている。


前評判がとにかくすごくて、気にはなっていたけれど
それを芸術美術には、くくれないだろうとたかをくくっていた
素人写真家の、作品展を観に行った。

IZU PHOTO MUSEUMの
『増山たづ子 すべて写真になる日まで』

衝撃だった。あの日のWEEGEE以来の衝撃だった。

生まれ育った村が、ダム建設によって水没することになり
記憶を記録に残すため、村のすみずみまで写真に撮り
廃村後も撮影を続け、亡くなるまで28年間の10万カット
その中の、きっとほんの一部なのだろう作品が展示されてあった。

アルバム600冊も展示室に並べられ
その数の多さにも唖然としたけれど
その一冊一冊に、けして達筆とはいえない彼女の手書きで
いつどこで撮った写真かが記録されていて
その文字の小ささにも、目が回った。

かつての日本の、豊かな里山風景
そこに暮らす、つつましい村民一人ひとりの生活
たくさんの子どもがいて、たくさんの高齢者もいて
「なつかしい」とか「あたたかい」とか「やさしい」とか
そんなもので、展示室がむせ返っていた。

この景色は、もう、どこにも存在しないし、本人もいない
その現実がまずありきだからなのか
鼻水をすする音がきこえたり、涙を拭う観覧者もいた。

私は
私は、ただ、「フクシマ」が、拭えなかった。


増山さんは『ピッカリコニカ』という名前のカメラを愛用していた。
ピッカリコニカ片手の増山さん、それだけで、ほほえましくてかわいらしい。
花や木や、人間や建物や
撮るひとがこうだと、こうもいい感じの写真になるんだね。
そんな写真展だった。


WEEGEEは
これだけの血が流れて人は死ぬんだ。
寒い日に、貧しい人はこうして縮んで寝るんだ。
そういったことを、私に突きつけた。
増山さんは
村がなくなるということは
こういうものを永遠に失うことなんだ。
それらを、私にきっちり見せつけた。

写真は、手を加えると美術になる。
なんの加工もされない写真は、過去の現実で
教科書よりも正しい、美しすぎる史料、でもある気がする。
写真から学ぶことの大切さとか
ココロ揺さぶられる感情の起伏とか
そういうことをひっくるめて、写真がすきなんだな
と、あらためて思う。


ところで
いつも、亡くなっている方に対しては‘敬称略’を貫いてきたけれど
増山さんは、‘さん’が、どうしてもついちゃうんですよねぇ。
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そこそこのグレー

2014/06/02 19:39
画像


最近、
‘年齢的な体調の変化’
の、ようなものを、うすうす感じ始めていて

おなか、おへその上あたりに
小さなシミのようなものが浮かび上がってきて
それが、知らぬ間に増えていたりして
何か、悪い病気なのだろうかと気にしてみても
家族のだれもが
とうとう、腹黒さが染み出してきたんだね。
と、口をそろえて言う。 

否定はしないけれど
そんな、染み出てくるほど、ひどくはない。
と、思っていた。


上の写真は、「東武ワールドスクエア」で撮った
私の中の、『物憂げな男シリーズ』の中の1枚で
数枚ある中で、一番の物憂げさんである。
眉毛の太さと、醸し出す雰囲気が、まるっきり同調していない。
こいつ、騙されやすそうなオトコだな
と、やっぱり腹黒い私が思う。


でも、近頃、あっちこっちで腹黒い。
政治も経済も、環境も気候も
医療や交通も、原発や国境も
腹黒いヒトビトが多すぎる。と、思う。


白、とはいかない事情があるだろうし
かといって
黒に染まっては、絶対にいけないし
まぁ、そこそこのグレー
この際、オトナの領域で、そうしましょう。ってことで
コドモには、もちろん純白であることにしておく必要性があるけれど
そんな感じで、いかがでしょう。と
ニュースを見聞きしながら思うことがある。

お隣の国のたくさんの国民を、何十年も誘拐したままですね。
その罪は、おとがめなしで許してあげます
だから、みんな、ひとり残らず返してくださいね。
お互いに、謝罪やお礼のご挨拶は、この際一切省略いたしましょうね。
っていう、そんな感じでどうでしょう。と、思う。

白か黒かを決めて頂きたい神様的存在が
この球体の、それぞれの地域にたくさんいすぎるもので
そのうえ、個性なんかも、それぞれに輝いちゃっていますから
たいへんです。
まとまるものもまとまりつかず、ぐっちゃぐちゃで、いやねぇ。
と、腹黒くはないだろう、私が思う。


私は、「努力・根性・義理・人情」この4つの言葉が
実は、身の毛がよだつほど大嫌いで
だから、腹黒いと指摘されても致し方ないけれど
でも、近頃
「許容」とか「寛大」って、めちゃくちゃかっこいいなと
しみじみ思うようになってきているので
おへその上のシミの色が、一つでも、多少でも
うすくなってくれないかな。と
物憂げさんに似たような面持ちで、願っている。

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ちいさなたのしみ

2014/01/16 18:35
「まんきつ」に行くと
ものすごく興奮する。

年に数回しか行かないけれど
行くと最低でも5時間以上は居座る。
読み放題・飲み放題、時間はたっぷり。
カウンターを抜けてまず、この状況に放り出されることが
たまらなく、興奮する。

同僚と一緒にいくと、広い部屋に入る(冬はこたつ付き)
一人の時は、申し訳なくも二人用の部屋に閉じこもる。

「まんきつ」は、3年前ぐらいに初めて経験した。
マンガを読むことは少ない方だったし
今も、そんなに読まない方だと思う。
完結していないものは、ほとんど読まない。
でも、嫌いじゃない。


入店して部屋を決めると、とりあえず興奮しているので
「何を読もう」の時間が、みなさんの数十倍かかる。
長い時間、本棚をうろうろしているので
毎度店員さんが不思議そうな顔をする。
同僚も最初は、あまりに長く部屋に戻らないので
心配してお迎えに来てくれたりしたけれど
ただ単に、「本日のマンガ」を選びきれない興奮状態なので
最近は、放置してくれている。

ペプシ飲んで、アイスティ飲んで、ポタージュ飲んで、ウーロン茶飲んで
あ、今日は、ハーブティなんかも飲んでみようかしら
とかも、興奮する要素の一つで
今、巨大地震がきたら、全身マンガに埋もれてしまうのかしら。とか
長時間居座って、トイレもいっぱい使うし、暖房費もかかるし
このお店はやっていけるのかしら
などと、いらぬ心配をしてみたりもする。

あれもこれも、読んでみたいとは思うけれど
やっぱり、性格上、完結していないものは
退店後、なんとなく、落ち着かない気がするので
時間内に読み終えて、きっちり完結し、なおかつ無駄な時間を少なく。
となると、「本日のマンガ」の選定は難しい。
ので、迷う。けれど、刻々と時間は過ぎる。

この悪循環を断ち切るべく
「まんきつ」入店前準備として
前日にレンタル屋さんに行って、下調べをしている。
(レンタルコミックを、いまだにレンタルしたことがないのに)
ここでまた、長い時間をかけ「これを読もう」を決めておく。
よし、時間の節約だ。と、ちゃんと結論づいている。
が、いざ、「まんきつ」に入店すると
「これを読もう」の「これ」が見つからないならまだしも
「これを読もう」の「こ」の字もどこかへすっ飛んでいることがある。

そして、退出時間が近づいたり
両手に抱えたマンガを本棚に戻す時に
「これ」を思い出したり、見つかったりしたりして
レンタル屋さんで、足がむくんだこととかも思い出しちゃったりして
悲劇のヒロインぶったりする。
わたし、要領わるくて、かわいそう。とか
同僚につぶやいちゃったりする。


同僚と二人もしくは三人で行くと
部屋が広いので、おしりが痛くなったら立って読めるし
なんなら、ストレッチしながら読んだりもできる。
ジュースのおかわりも、トイレに行くのも、楽なのがいい。
でも、前回、何気なく選んだ「本日のマンガ」が
いまだかつてなくアタリで
何度か、あ、泣いちゃう。と宣言しなくてはならなかった。
なんとか、涙はこぼさなかったけれど
一人だったら、号泣じゃん。と失笑されてしまった。
同じ空間にいるのに、分かち合えない感動。
の、むなしさ。が、やっぱりある。

一人で行くのは、夫の飲み会お迎え待機中の時で
本人曰くの、12時ごろの終了予定はあってないもので
夜中の2時でも4時でもありうることで
9時ぐらいまでは、悠長にテレビや雑誌を見たりもするけれど
これが、いつ途切れるかわからない以上
「本日のマンガ」の選定も、どの時点でごはんを注文するかも
ありとあらゆる時間配分が、非常にキビシイ状況下にある上
完結するはずのマンガの読書を中断するような行為は
絶対に避けたいという緊張感もある。
(万が一中断された場合、一番に被害を被るのは
 とっても機嫌が悪い妻の深夜のお迎えの車の、助手席の酔った夫だ)
なのでなかなか、満足のゆく滞在ができない。


でもこれからも、年に数回行くと思う。
「なに読もう」と考えるだけで、ちょっと楽しい。
ちょっと楽しい。で、十分だと思う。
いっぱいあればいいだけだ。と思う。
いっぱいあったらいいのにな。とも思う。


そんなことを思っていたら
2014年になっていました。



   「アタリ」だったマンガは・・・『ヒトヒトリフタリ』です。
   鳥肌モノで、マジヤバイ。ってやつだと思います。
   今の福島原発・阿部総理・都知事選のうだうだニュースを見た後には
   絶対に読んではいけない、キレッキレッの感動作だと思います。
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